2000年代、ただカフェに行くためだけに通っていた表参道

よく行く街や、かつてよく通っていた街には、「この街でカフェに入るならここ」という店が何軒かある。新しいカフェを開拓することもあるけれど、気に入ったら同じ店に通うことが多い。

たとえば、大学時代によく行っていた表参道。国連大学の近く、青山ブックセンターと同じ建物内にあるアンカフェ(un cafe)。本を買ったその足でカフェに入り、中庭のようになっているテラス席で日の光を浴びながら本を読むのが好きだった。店内席はどんなだっけ、と思い出そうとしたけど、ほとんど利用したことがないので記憶にない。

骨董通り近くにある、AtoZ Cafeも好きだった。ジトッとした目つきが悪い女の子の絵で有名な、奈良美智さんの作品が展示されているカフェ。最初は奈良さんの作品を見る目的で行ったのだけど、お店の雰囲気や料理も気に入って、たびたび通うようになった。

定食など和食メニューが豊富で、塩昆布が入った和風チャーハンにふわっと焼いた卵がのっかっていたメニュー、あれが好きで家でも真似て作ったな。メニュー名はたしか、「塩昆布チャーハン卵のっけ」じゃなかったかな。あのメニュー、今もまだあるんだろうか。

カフェではなくてフードコートだけど、地下鉄の駅構内にある「エチカ」も好きだった。一番よく利用したのはエチカかもしれない。食事でもお茶をするだけでも、気軽にサクッと利用できるのがよくて、一人でよく行っていた。フードコート内はパリの街角をおそらくイメージしていて、天井は低いものの、街灯風の照明やタイルを敷いた床なんかがおしゃれな雰囲気だった。

エチカは2005年、私が大学2年生の頃にオープンした。入口から入って左手側に小上がりになっているエリアがあって、できたばかりの頃は、その一帯が喫煙席だった。駅ナカ施設だというのに、今では考えられない。

注文をして出来上がったら震動で教えてくれるブザーを初めて見たのはエチカだった。番号札で口頭呼び出しがスタンダードだった当時、「これは画期的だ!」と感動したのを覚えている。(というか私が知らなかっただけで、もしかしたらもっと前からあったのか?)

先日、所用で表参道に行った際にエチカをのぞいてみたら、入っている店はいくつか変わっていたけど、昔のままの店も多かった。

入口右脇の雑貨屋と左脇のカフェスタンドはそのまま。奥のほうにある店もだいたい同じだったけど、見慣れない洋食屋が一軒できていた。前はパスタ屋だったような……(うろ覚え)。
カオマンガイをよく食べていたベトナム料理屋は、まだあった。そういえばあの店は、できた当初からタピオカドリンクを売っていた。2005年にタピオカって、今思えばかなり流行先取りだな。

一番よく利用していたパン屋も健在。甘いものよりしょっぱいもの派なので、ちょっと小腹が空いた時にはケーキよりもパンが食べたくなる。コーヒーも一緒に買って、東京メトロが発行しているフリーペーパー『メトロミニッツ』なんかを読みながら、のんびり過ごしたのはいい思い出。

あの頃、表参道で何をしていたんだっけ? と考えてみても、具体的に何をしていたのか、いまひとつ思い出せない。
頭に浮かぶのは、アンカフェのテラス席にあったパラソルや、日の光がよく入るAtoZ Cafeの壁に飾られたジト目の女の子、パリの石畳を模したであろうエチカの床のゴツゴツとした質感。

記憶をたどるうちに、「何をしていたか思い出せない」のではなく、何をする訳でもなく、ただカフェに行っていたんだ、と思い出した。

「出かけるついでにカフェ」ではなくて、 カフェを目がけて出かけるのは私にとっては当たり前だったが、誰もがそうしている訳ではないと知ったのは、いつ頃だったろう。
そして、仕事や勉強など、何らかの目的ありきでカフェを利用するようになったのは、いつからだっけ?

最近はカフェを利用する時には、パソコンや仕事の資料を持ち込むことが多い。ただコーヒーを飲むために、ただぼんやりするためだけにカフェに行く機会は、めっきり減った。

コロナ下で家にこもる日々が続いているが、久し振りに近所の喫茶店にでも行こうか。手頃な文庫を一冊持ち込んで、のんびりと本でも読みながら過ごしたい。

浅草出身のライター。「レトロ」を軸に執筆活動を展開。「和樂Web(小学館)」「びゅうたび(JR)」など各種メディアにて、明治〜昭和の喫茶店文化や食文化にまつわるコラム、レトロスポットの取材記事などを執筆。当Webマガジン「てくてくレトロ」主宰。