帰宅は毎日午前3時?!カフェー女給のハードな一日【喫茶よもやま通信vol.3】

喫茶店にまつわるよもやま話をお届けする連載企画「喫茶よもやま通信」。

第1回では日本最古の喫茶店「可否茶館」について、そして第2回では銀座カフェーブームの先駆け的存在「カフェープランタン」を深掘りしました。

第3回は、「カフェーの女給」の一日をご紹介します。

※第1回から順番に読みたい! という方は以下からどうぞ。

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カフェーの女給ってどんな仕事?

明治末期〜大正にかけて、銀座にカフェーが誕生した当初は、「女給」は飲み物や食事を運ぶ「ウエイトレス」としての役割が主でした。

しかし、関東大震災からの復興の流れで大正末期〜昭和初期頃にカフェーが乱立するようになると、「カフェー=女給が客の隣に座り接待サービスをする場所」に、徐々に変化していきます。

円内:カフェータイガー、円外:カフェークロネコ 国立国会図書館デジタルコレクションより

当時は、タイピストにエレベーターガール、女車掌など、先進的な職業に就く女性が「職業婦人」ともてはやされた時代でした。
しかし、多くの職業は学歴や技術が求められる上にさほど稼げず、出世や昇給も見込めなかったのだとか。

そんな中、カフェーブームとともに「職業婦人」の一種として誕生したのが、「カフェーの女給」。
学歴・資格・スキル不問で、頑張り次第ではかなり稼げる仕事だったそう。中には、当時の大卒初任給(70円)の約8倍(580円)もの月収を稼ぐ人もいたそうです。

……と聞くと、なかなか羽振りのいい生活ができそうな印象ですが、女給たちは店で着る衣装の着物を自前で用意しなければならず、稼ぎがいいとはいえ出費も多かったそう。

場末のカフェーであれば浴衣で店に出られましたが、インテリ層が多い銀座となるとそうはいかず、高価な着物を何着も揃える必要がありました。

カフェーは各地に増えていきましたが、とりわけ銀座のカフェーには、作家やマスコミ関係者、俳優といった文化人が数多く出入りしていました。そのため、銀座のカフェーに勤める女給たちは、インテリ層のお客様相手にもひととおりの会話ができる教養を備えていたそう。

「銀座のカフェーで働いていた」といえばどこのカフェーでも無条件で雇ってくれるくらい、「銀座カフェーの女給」は一目も二目もおかれた存在だったそう。

ハードな女給の1日に密着!

ここからは、女給の1日の仕事の流れをご紹介。
大正〜昭和初期頃の銀座にあったカフェーにおける、一般的な1日の流れをまとめてみました。

※中には、女給の接待がなく純粋にコーヒーや食事を楽しむ店もありましたが、ここでは女給の接待ありのカフェーでの1日についてまとめます。

国立国会図書館デジタルコレクションより

どの店もだいたい、早番・遅番の2種類があったそう。
早番は店が開く30分〜1時間くらい前に出勤し、遅番は15時ごろに出勤。遅番がまわってくるのは3日に1回程度で、早番でも遅番でも、閉店時間まで働きます。

[box02 title=”(例)11時開店→0時閉店の店での、早番シフトの場合の1日の流れ”]

  • 10:00〜11:00 開店前準備(店内整理、前日の会計処理)
  • 11:00〜14:00 営業時間
  • 14:00〜16:00 片付け→休憩(銭湯→汁粉屋、デート等)
  • 16:00〜0:00 営業時間(18〜19:00頃に夕食)
  • 0:00〜 閉店後、カフェーの近所で食事をしてから帰宅

[/box02]

上記は、複数文献の内容を参考に、「銀座カフェーは、だいたいこんな感じだったらしい」とざっくりとまとめたもの。特定の店舗の話ではなく、あくまでも一例です。時代によって、またお店によって、営業時間やシステムに多少の違いはあったかと思います。

ここからは、仕事内容についてより詳しく解説していきます。
「当時のカフェーの女給さんってこんなふうに働いていたんだな」とイメージして楽しんでいただけたら嬉しいです!

10:00〜11:00:開店前準備(店内整理、前日の勘定、身支度)

国立国会図書館デジタルコレクションより

出勤するとまず、前の晩にテーブルに上げた椅子をおろしてテーブルの上を整理します。掃除はボーイなど別のスタッフが行うケースが多いです(小さいカフェーだと女給が行う場合も)。

そして、前の晩の会計整理をします。現代でいう「レジ締め」のような作業に近いでしょうか。
伝票と現金を突き合わせ、計算が合うかどうかをチェックしますが、酔っ払った客が支払いを忘れて帰ってしまうケースもあったそう。現金が足りない場合は、その客を担当した女給が弁償しなければいけませんでした。

着替えや化粧などの身支度も、この時間におこないます。
ひととおり準備が済んだら、勤務スタート!

11:00〜14:00 営業時間

営業時間中は、基本的にはお客さんの隣に女給がついて接待をします。
「接待」の度合いは店によりますが、お酌をしたりアイスをねだったり……くらいのライトなものから、体をすりつけながら会話をするような(おいおい)濃厚なサービスを提供していた店もあったのだとか。

※のちに警察の取り締まりにより、接待サービス提供店舗は規制されていきます。

お客さんがチケットを購入して入店するタイプの店では、「案内(ガイド)」「札取(モギリ)」「札賣(テケツ)」といった持ち場それぞれに女給がついていたそう。

テケツ(チケット売り場)。客の目がギンギン 国立国会図書館デジタルコレクションより

「札賣(テケツ)(※賣=売の旧字)」はチケット売り場のこと。
チケットを購入した客が店に入る際に「札取(モギリ)」が半券をもぎり、「案内(ガイド)」が席へ案内していたと思われます。

「札賣(テケツ)」は客と店との最初の接点の場なので、各店舗の中でも美人な女給を配置していたそう。店の看板のようなポジションなので、テケツを担当する女給は白粉代が店からもらえた、という話もあります。

また、「紫組」など女給を数組に分けてグループをつくり、組ごとにお客を受け、成績を競わせるような仕組みにしていた店もあったそう。(組分けについては、書籍で読んだのですが、何という本だったか忘れてしまいました……思い出したら追記します)

14:00〜16:00:片付け→休憩(銭湯→汁粉屋、デート等)

11〜14時は昼食を食べる客が多く来店するため、店は大忙し!
客が落ち着く14時頃になると、昼食で汚れたテーブルや床を片付けるために、いったん掃除をします。

片付けが済んだら、夜営業に備えて早番の女給たちは皆で連れ立って、カフェーの近所にある銭湯へ行きます。
毎回違う銭湯に行くわけではなく、「このカフェーの女給はこの銭湯」というように、行きつけの銭湯にみんなで一緒に行っていたよう。

女給たちは銭湯で、客やコック場の悪口をしゃべり立て、仕事の鬱憤を晴らしていたのだとか。

当時の銀座の様子を書いた『銀座細見』の著者である安藤更正氏は「カフェーでの自分の評判を知りたかったら、この時間に銭湯に行ってみるといい」と、著書内に書いています。

女湯のほうから気になる女給の声が聞こえてドキドキしながら耳をすましたら、「●●さんほんとウザイ!!」なんて悪口が聞こえてガッカリ、なんてこともあったのかもしれませんね……。

女給たちは銭湯でさっぱりしたあとは、デパートに入ったりお汁粉を食べに行ったり、急いで恋人に会ったりと、皆思い思いに時間を過ごし、16時には店に戻ります。

16:00〜0:00:夜営業

16時頃には早番・遅番の女給が勢揃い。夜の営業に備えて準備をしつつ、お客さんを迎え入れます。

夕食は仕事の合間、だいたい18〜19:00ごろに取ることが多かったそう。
……といっても、忙しくて食事の時間が取れない日もあったんじゃないかな? と思います。(推測ですが)

お疲れな女給さん。 国立国会図書館デジタルコレクションより

21時ごろになると、疲れて女給が居眠りをしてしまうこともあったのだとか。早番だと午前中から働いていますから、そりゃ眠くもなりますよね……。

0:00:閉店後、カフェーの近所で食事

0時には店の表を閉めます。番を持っていない(客についていない)女給はすぐに帰宅できますが、番のある女給は客が帰るまでは一緒にお店にいなくてはいけません。

ボーイが片付けや掃除など閉店作業をすすめていても、中にはなかなか帰らない客もおり、女給同士が目くばせをしてうんざりした様子を見せる……なんて光景も見られたそう。

仕事終わりの女給たちはお腹がペコペコ。帰りがけには店の近所の食べ物屋に寄ることも多かったのだとか。

「維新号(中華)」「長寿庵(そば)」「みすじ(寿司)」あたりが、女給御用達の店でした。
ちなみにこの3店舗は現在も銀座に店を構えています。仕事終わりの女給が舌鼓を打った老舗グルメ、機会があればぜひ味わってみたいものです。

3:00:帰宅して就寝

仕事終わりに食事をしてから帰宅となると、銀座から家が遠い場合は就寝が3時ごろになってしまいます。
そして、翌朝10〜10:30頃には出勤……大変だ……。

お休みは月2〜週1程度

カフェーは店舗自体が休みになることは滅多になく、女給たちは交代でお休みを取っていました。
お休みは、多い店で週に1度、少ない店だと月に2回だったそう。

12時間近く働いて、休みは多くても週に1回……。8時間勤務・週休2日制が原則の現代からすると、なかなかハードな勤務形態だと感じます。

高給取り、有名人との恋愛ゴシップ…華やかなる「女給」の横顔

華やかな着物で着飾り、客に愛想をふりまく女給たち。
客である有名作家と恋仲になったり、雑誌で特集を組まれたりと、何かと注目を集める存在でした。

しかし一方では「カフェーの女給=世間体の悪い仕事」という考えもありました。
若い娘が夜遅くまで出歩いて帰宅すると、「カフェーの女給のような真似をしやがって!」と親に怒鳴られた、なんてエピソードも……。

客とのトラブルや警察沙汰など、華やかな面以外の女給の姿は、和樂webに寄稿した以下記事の「妄想インタビュー(※妄想力を駆使した架空の人物へのインタビュー)」に書いております。

この妄想インタビューは、実話をもとに書かれた広津和郎の小説『女給』の内容を、インタビュー仕立てに書き起こしたものです。
ご興味ありましたら、こちらもご覧ください。

以上、喫茶よもやま通信vol.3でした。
連載「喫茶よもやま通信」のほかのコラムもありますので、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。

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※参考文献
『銀座細見』安藤更正

浅草出身のレトロ好きライター。Webマガジン「てくてくレトロ」主宰、明治〜昭和の喫茶店にまつわるコラムや取材記事の執筆。